この希望退職によって、私たちのチームでは半数近く、全社でも約2割にあたる方々が会社を去りました。
長年、会社に育てられ、多くの知恵・ノウハウ・経験を積み重ねてきた先輩方が、わずか2~3か月ほどの間にいなくなってしまったのです。
それまで有給休暇をほとんど取られたことのなかった先輩方も、多くの有給を消化しながら、その合間を縫って、残るメンバーへの業務移管を進めてくださいました。
マニュアルを整備する時間などありません。
現場で口頭で教えてもらったことを、残る側が必死にノートへ書き留める――。
そんな毎日でした。
先輩方を動かしていたのは、会社への想いというよりも、残る後輩たちへの想いだったのだと思います。
また、先輩方の人間関係や経験によって成り立っていた仕事は、全社的な混乱の中で整理しきれるものではなく、誰にも引き継ぐことができないものも多くありました。
時として、経営施策は現場の大変さを十分に顧みる余裕がないまま、決断されることがあります。
会社全体を守るために、大局的な判断を下さなければならない場面があることは、かつて経営層に近い場所で仕事をしていた私は、理解しているつもりでした。
それでも、
「全員の給与を下げてでも、皆が残る道はなかったのだろうか……」
そう感じたことを、今でも覚えています。
先輩方が去ったあと、もう誰にも使えない装置や、用途すら分からなくなった治具・計測器が、数多く残されました。
組織は、人が持つノウハウという大切な資産を失いました。
同時に、残った者たちには、大きな負担がのしかかることになりました。
私はその時、
「会社は、もう後戻りのできない経営判断をしたのだ」
――そんなことを実感していました。

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